願い

 ぼくのじいちゃんが天国に行ってしまった。
 おばけになっても帰ってきてほしい。
 お母さんに言ってみた。そしたら
 「じいちゃんおばけになる方法知らんと思う。」
 お母さんは言った。
 かみ様 ぼくのじいちゃんに
 おばけになる方法をおしえてください。
 一日だけでもいっぱい遊んで話して
 今までありがとうと言いたいです。

 『はがきの名文コンクール』で受賞した小学三年生の少年の、亡くなった祖父に宛てたはがきです。いつも一緒に遊んでくれたじいちゃんがいなくなってしまった戸惑いと悲しみ。会いたいという想い。たとえそれがどれほど見た目が怖いおばけでも。

 おばけは恐ろしくて怖くて、決して見たくはないし、会いたい存在ではありません。小さな子供ならなおさらでしょう。それでも会いたい。一日だけでもおばけになって出てきてほしい。これまで通りに二人でたくさん遊んでいっぱいお話しをして、そして今までありがとうと自分の想いを伝えたい。

 倶会一処(倶に一つ処で会う)。阿弥陀様が建立しそこに実在する西方極楽浄土。今は亡き大切な方々が待っておられるお浄土での再会。

 露の身は ここかしこにて きえぬとも
    こころはおなじ 花のうてなぞ

 法然上人が倶会一処の教えを託されたお歌です。

 人の命は草葉に結んでは消える朝露のように儚いもの。たとえ互いの命が離ればなれになって消えてしまっても、共に極楽浄土の蓮の台でまたお会い致しましょう。

 この世での別れは一時の別れ。極楽浄土に往生すれば、また再び会うことがかないます。心と心のつながりは決してなくなるものではありません。ですから私たちは、阿弥陀様を深く信じ、日々南無阿弥陀仏とお念仏をお称えして、極楽浄土への往生を願い、今ある生を全うし、いつの日かこの命を終えたなら、先に往かれた愛しく大切な方々と必ず再会を果たすことができるのです。

本山布教師 布村伸哉
東京教区 專念寺