今月のことばは前月に続き『選択集(選択本願念仏集)』第一章の言葉に致しました。前回は罪悪生死の凡夫である私たちは浄土門、特にお念仏でしか救われないことを述べましたが、宗祖は『無量寿経』の第十八願の深意を窺い、阿弥陀仏の大慈悲は万人平等、万機普益(すべての人が救われる)であると領解され、悪人でさえも往生することができると受け止められたのがこの言葉であります。現代文にすると次のようになるでしょう。

 たとえ一生の間(一形)悪を造っても、ただ心に浄土のことを思いながら、ひたすら常に念仏すれば、あらゆる障りは消滅し、必ず往生できます。

 このような考えは、これまでの仏教の教えである廃悪修善・積善主義という仏教の常識を一変するものでありました。宗祖は悪業の限りを尽くし、誰からも見捨てられた者にも光を当て、大慈悲心をもって導き救っていくのは阿弥陀仏しかいないと受け止められ、『選択集』の冒頭にこのことを述べられたのです。

 さらに宗祖は、阿弥陀仏の本願は善悪の区別なく、万人を平等に救うというけれど、そのような表面的なものではなく、現実に末法の世、社会の混乱の中で不条理に泣き、煩悩にしばられ悪業を重ね、ましてや仏の教えを信じることもできず、苦悩と絶望の中にさまよう人々に、「あなたを見捨てない、必ず救う」と呼びかける阿弥陀仏の強い救済の意志を感じとったのがこの言葉なのであります。

 しっかりお念仏を申してゆきたいものです。なお、『選択集』を著したのは、法然上人が六十六歳、翌年には第二祖聖光上人に、さらに七十三歳の時に親鸞聖人に授けられていますので、この悪人往生の教えは両者にもしっかり伝わっていくのです。

教務部長 井澤隆明

増上寺