絶対的な幸せとは

 仏教ではこの世のことを〝娑婆〞といいます。
この娑婆という言葉は元々インドの言葉シャーバを中国の方が耳から聞いて、漢字に当て字にしたものです。ですから、この漢字から本来の意味を見い出そうとしてもわかりません。

 中国の方は、意味の上から〝堪忍土〞と訳しました。堪忍土とは、それだけこの世は堪え忍んでいかなければならない、多くの悲しみ苦しみに満ちた世界であると表現したのです。

 「生きる つらさは 大変」

 この言葉は昨年十月立川市の団地に住む、八十代の老夫婦が無理心中を図り、自分の腹を刃物で刺して、亡くなられる。そのご主人が書き残されたメモでした。

 ご主人は体が不自由な奥様を介護しておられたのですが、その生活の苦しさに堪えきれず奥様の額を鈍器で殴り殺傷した事件でありました。

 若い時には、無理心中をしなければならないほど、苦しくつらい老後が、まさか待っているとは思ってもみなかったはずです。

 今現在、体が健康で、お金にも余裕があり、夫婦・家族が仲良く暮らすことができている私たちでも、決して他人事ではないはずです。何か一つ歯車が狂うことが縁で、当たり前の普通の生活ができなくなる。つらく大変な生活にならないとも限らないのが、この世の姿なのです。

 この世が苦しみ悲しみに満ちた世界であるからこそ、この世とお別れした後の、あの世は〝極楽〞でなければならないのです。

 お経の中に、極楽とは苦しみの一つもない世界だからこそ、極楽というのですと書かれてあります。

 お念仏をお称えする私たちが、何時、いかなるかたちで、この世とお別れすることがあったとしても、間違いなく、阿弥陀様のお迎えをいただき、極楽に救い摂ってもらえる幸せこそが、この世における絶対的な幸せであるはずです。

本山布教師 内田広平
出雲教区 信楽寺

増上寺