みずから歩み
人まかせにせず
ブッダの教えを
たよりとし
他によらない者たちこそ
暗闇を照らす
最上の仏弟子である


令和7年5月 ブッダ『マハーパリニッバーナ経』より


 整理整頓が苦手な私はよく物を失くします。失くすというよりも、どこに何を置いたかがわからなくなり行方不明にしてしまう、というのが正解かもしれません。

 ブッダ(お釈迦様)はその最晩年、弟子たちに「もう私をたよらず、私が説いた教えとそれを実践する自分自身をたよりとしなさい」と諭されました。そのおことばがあってか、ブッダの滅後、ブッダの教えは整理整頓され今日まで失われずに伝承されています。仏教がインドから中国にもたらされ数多くの経典が漢訳された時も、漢訳した経典が失われないよう整理整頓するための経典目録が作られ、目録に沿って取り揃えた経典群を「一切経」と総称して伝承してきました。一切経は中国や日本において撰述された仏典も加えて、膨大な量を誇る一大仏教叢書となっていきます。

 法然上人は出家修行した比叡山において、みずから歩むべき仏道を求めて一切経を繰り返し読み込み、念仏往生の教えに出会いました。ブッダの教えを伝承してきた仏教徒の営みの積み重ねが、法然上人をして念仏往生の教えに出会わせたのだと思います。

 10世紀以降、中国において発達した木版技術は十数種類に及ぶ木版刷りの一切経を生み出します。それらは「大蔵経」と呼ばれ、鎌倉時代にはそのいくつかが日本に伝来し、江戸時代初頭、徳川家康公が三種の大蔵経を取得し増上寺に寄進しています。

 この春、家康公が寄進し増上寺が所蔵する三種の大蔵経が「人類史において特に重要な記録物である」として、ユネスコ「世界の記憶」に国際登録される運びとなりました。ブッダは何とおっしゃるでしょうか。もとより最上の仏弟子とはいえませんが、人類のために、「ブッダの教えをたよりとする」人々のために、今後も増上寺所蔵の大蔵経を大切に伝承していきたいと思います。

教務部長 袖山榮輝