生まれては
まず思い出でん
古里に
契りし友の
深き誠を


令和8年2月 法然上人の御歌より


 みぞれが降りしきる2月の午後のことでした。近所の友人が訪ねてきました。単なる親友ではない、盟友といってもいい同級生です。言われなくとも用事はわかっていました。病の進行とともに死期をさとった彼は「あとのことを頼む」と告げに来たのです。当時、50歳半ばに差し掛かっていたとはいえ、私には手に負えないような「あとのこと」でしたが、「お前にしか頼めない」と言われました。知り合って30数年。ときに取っ組み合いの喧嘩をしながらも友情を育んできた日々を思うと、「手に負えないなどと投げ出していいのか」「この友情を虚しいものにしたくない」と腹をくくりました。その3か月後、彼を極楽浄土へと見送り、「あとのこと」は彼の七回忌を過ぎた頃、何とか一つの形となりました。

 ブッダ(お釈迦様)は、この世でのいのちを終えても、お念仏によって極楽浄土に往生したならば、この世での記憶は何一つ失われることはないと説かれました。取っ組み合いの喧嘩も、「あとのことを頼む」と告げに行ったことも、友情とともに極楽浄土の彼の記憶の中に刻まれている。ブッダが明かすところの、阿弥陀仏がまします極楽浄土とは、法然上人が御歌に詠んだように、この世で育んできた嘘偽りのない友情を真っ先に思い出し、そして再び育むことのできる世界であるのです。

 友人に託された「あとのこと」が一つの形になったその日、極楽浄土の彼に向かって「おい、見てるか。これでいいかい」と心の中で呟きながら、これならきっと極楽浄土で堂々と彼と再会することができると胸をなで下ろしました。

 2月15日はブッダの命日と伝わります。契りし友の深き誠を思い出すことのできる極楽浄土を説き明かして下さったこと、この私にはまさに「ありがたい」の一言に尽きるのです。

教務部長 袖山榮輝