極楽の風
身に触るるに
心地よく
修行僧の
深き瞑想を
得るがごとし
令和8年5月 曇鸞『讃阿弥陀仏偈』参照
風に吹かれてゆったりと揺れ動く樹々の條々、強風に煽られ左右上下に激しく振れる大樹の姿。ジョン・トラボルタ主演、1996年製作の映画『フェノミナン』にはそうした場面が効果的に取り入れられています。あらすじは伏せておきますが、風に吹かれながら反復を繰り返す樹々の動きに、生じては滅しながらも続いていく、いのちの大きな流れを描き出そうとしていると、私にはそう映りました。
俳句に「青嵐」という季語があります。初夏、新緑がまぶしい頃に吹き抜ける爽やかな風のことで、夏の季語です。
この青嵐を「なつかしや」と詠んだ人がいます。夏目漱石を俳句の師と仰いだ寺田寅彦です。随筆家としても知られる寅彦は、地球物理学の基礎形成に貢献し、気象や海洋物理の分野での研究も先駆的で、科学的思考の普及に尽力したと評されるほどの物理学者です。その彼が、自分が生まれ出る前の、自分では直接知り得ないはずの記憶を青嵐が呼び起こしていると感じて、なつかしや未生以前の青嵐と詠んだのです。およそ科学的思考とは思えませんが、科学者であればこそ科学では計り知れない感性の世界を尊んでいたのでしょう。
経典によれば、まだ修行中だったお釈迦様(ブッダ)が覚りの境地を目指して静かに瞑想を深めていると、自分がこの世に生まれてくる前の、今の自分につながる数限りないいのちの姿を感得し、今や生きとし生けるもののすべてが自分に縁のある愛おしい存在だと感じて慈しみの心がわき起こり、その慈悲の心が覚りの境地の土台となったといいます。
極楽浄土に吹く風に触れると心地よく、修行僧の深い瞑想状態と同様な境地に至るといいます。寅彦が詠んだ青嵐、極楽浄土から紛れ込んできたのかも知れません。
教務部長 袖山榮輝







