阿弥陀仏と
心は西に空蝉の
蛻け果てたる
声ぞ涼しき
令和8年8月 法然上人
アブラゼミ、ミンミンゼミ、やがてツクツクボウシ。松尾芭蕉が山形の立石寺で「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と詠んだ蝉の声には、かつてアブラゼミかニイニイゼミかとの論争があり、ニイニイゼミ説が優勢であったそうですが、関東以北で聞こえる蝉の声は、こうしたところでしょうか。30年ほど前の夏、中京圏を訪れた時、はじめてクマゼミの大合唱を聞きましたが、この頃は関東圏でもクマゼミが鳴いているといいます。
法然上人御作と伝わる掲句の歌。空蝉とは蝉の抜け殻であるとともに、夢幻のような、このかりそめの現世やそこに生きる人間を指しています。心を西方極楽浄土に向けていればこそ、南無阿弥陀仏と称えるその声は空蝉のこの身、かりそめのこの世から解き放たれて涼しげに響き渡ると、そう詠まれました。
ところで去年の8月のある晩、買い物から我が家に戻ると、白色のモルタルの外壁に大きな黒い蜘蛛がいるように見えました。スマホのライトで照らしてみると、壁に足を広げて踏ん張り背中から脱皮を始めている蝉の幼虫でした。観察を始めると、夜中3時には抜け殻の隣に成虫となったアブラゼミが留まっていました。その抜け殻、1年たった今でも、じつはしっかりと壁にしがみついています。空蝉とはいえ、壁にしがみついている抜け殻を見るたびに、必ず成虫になるぞ、という蝉の強い意志がいまだに伝わってきます。
空蝉に残る強い意志。さて我が身はどうでしょうか。考えるうちに、法然上人の御歌「往生は世に易けれど皆人の誠の心なくてこそせね」にたどりつきました。いくらお念仏を称えていても、嘘偽りなく往生を願う「誠の心」がなければ極楽往生はかないません。ならばお念仏の声を涼しげにしているのは「誠の心」なのではないでしょうか。我が家の外壁にしがみつく空蝉。いつまで続くか、我が誠の心の励みにしようと思います。
教務部長 袖山榮輝







