空蝉の
唐織ごろも
なにかせむ
綾も錦も
君ありてこそ
静寛院宮
秋の深まりとともに渡り鳥が飛来します。筆者が住職を務める寺のあたりは山あり河ありで、近くの河では多くの水鳥が飛来します。私は見たことがありませんが、静かな水辺を好むという鴛鴦(おしどり)が訪れることもあるそうです。鴛鴦はその雄の姿が色鮮やかな美しさで知られるのと同時に、雌雄が寄り添って離れない様子が「鴛鴦夫婦」と譬えられ、仲睦まじい夫婦を象徴する存在となっています。
この鴛鴦、極楽浄土の様相を説き明かす『観無量寿経』という経典の中にも登場します。いわく「極楽浄土では流れる水、光の輝き、宝玉でできた樹々のきらめき、そして水鳥や雁や鴛鴦、それらから発せられる音が仏の教えとなって響きわたる」というのです。
仏教の基本的な考え方の一つに「縁起」という教えがあります。AがあればこそBが成り立ち、AがなければBは成り立たない、世の中はそうした、いわば「お互いさま」の関係が織り重なってできあがっているとされ、だからこそ互いに思いやる心、慈悲が大切になっていくのです。鴛鴦から発せられる音が教えとなって響いていると説かれるならば、そこから読み取れるのは互いを思いやる心ではないでしょうか。
ところで今年は静寛院宮(和宮)様の150回忌に当たります。仁孝天皇の第8皇女であられた和宮様は幕末の動乱が迫るなか第14代将軍徳川家茂公に嫁がれました。お二人は大変仲睦まじかったと伝わりますが、戦陣に向かう夫が先立ちます。その知らせの後から戦陣に向かう夫から贈られたという織物が届きます。それを手にした和宮様のお気持ちが歌に詠まれました。
明治10年9月に31歳で薨去された和宮様は生前の御希望により増上寺に眠る家茂公のおそばに埋葬されました。「君ありてこそ」のお気持ちを貫かれたのだと思います。増上寺では毎年5月と10月に和宮様を偲び御遺徳を顕彰する法要を営んでいます。
教務部長 袖山榮輝







