梅雨が明け真夏の太陽の輝く季節となりました。東京は七月にお盆を迎えます。
どうぞご先祖様のご供養を勤めましょう。

 さて今月のことばは法然上人のお伝記の中でも最大のものといわれる『勅修御伝』(法然上人行状絵図)『巻六』より選んでみました。この第六巻は立教開宗について述べてあるところで、特に法然上人の回心にかかわりが深い開宗の御文として知られる「一心専念弥陀名号.........順彼仏願故」や、「我浄土宗を立つる心は、凡夫の報土に生まるることを、示さむためなり」等とても重要な場面が多く述べられています。さて今月のことばの内容は次のようになります。

 自ら覚ることができなく、煩い悩み苦しむごく普通の人間である凡夫の心は、様々な出来事や人に出合ってはくるくる変化し、まるで猿が木の枝を激しく動き回るようなものです。このように凡夫の心は散り乱れては一つも静かに定まることは難しいものです、となります。

 古来仏道修行の徳目は六波羅蜜をはじめ様々説かれてきましたが、まとめると戒・定・慧の三学に収まるといわれてきました。この三学とは、戒をしっかり守ることで修行が深まり心が落ち着き、定という精神統一の状態の三昧が実現し、仏の智慧が開かれていくことをいいます。しかし法然上人は「悲しきかな、悲しきかな、いかがせん、いかがせん。ここに我等ごときはすでに戒・定・慧の三学の器にあらず」と、自分は三学非器の凡夫であるとの立場に立たれ、悲しみと絶望の中に迷走されるのです。

 苦節28年やがて承安5年の春、善導大師の『観無量寿経疏』の開宗の御文に出合い、たちどころに念仏一行に帰されるのですが、この間の心の葛藤や苦悩を表す言葉の一部が今月のことばです。

 法然上人のご苦労を偲び、共々にしっかりお念仏を申したいものです。

教務部長 井澤隆明